美保神社から佛谷寺までの青石畳通りは江戸時代の参拝道の遺構で、当時の面影
を残す町並みと青石畳の道が、落ち着いた雰囲気を醸し出す。
音楽協力
谷啓「アイヤ・ハラホロ」(作詞:高平哲郎 作曲:仙波清彦) © 1991 WATANABE
MUSIC PUBLISHING CO., LTD.
アニメ協力
© NASA's Goddard Space Flight Center/Conceptual Image Lab Krystofer Kim
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30 Comments
新年明けましておめでとうございます。
温かさ優しさ旧年中は心より感謝申し上げます。
今年もご多幸あるより良き一年でありますことを心より祈念しております。
本年も宜しくお願い致します。
私も
お城や神社仏閣や神社の蚤の市
巡りなんか
大好きです。
各地の
風情ある町並みや文化
勉強になります。
3:03 どじょうすくいまんじゅう
かわいいな!はじめて見た〜!
どじょうすくい饅頭。おー👍️面白い
石畳…神の小径…神秘を感じて、行ってみたいと思いました❇️ 配信ありがとうございました🙏🪷
関の五本松
ドジョウすくい
どじょう掬い饅頭、可愛い😍
青石畳通り…趣あって良いですね〜、お住まいの方々には何気ない日常の風景なのかもしれないけれど…歩いてみたいです☺️2026年も動画楽しみにしています!
石畳に昔の建屋、これぞ本来の日本!今じゃ見る事も少なくなりましたからね。チャコ先生、貴重な動画をありがとうございました。
チャンネル登録しましたよー🙋
学生の頃から大好きな山口さんと、子供の頃から夢中で読んでたムーの三上さんが
地元の島根を訪ねてくれてホント嬉しい❤
素敵な町💖
行ってみたい
いつも素敵な配信をありがとうございます😊
動画を拝見して益々出雲の国に訪れたいと思いました。
本年もお身体に気をつけて素敵な一年になりますようお祈りしております🙏
石畳から当時の職人さんの魂や神様の声が、
聞こえてくる感じですね🙂
更新ありがとうございます。次回も楽しみにしてます。
どじょうは土壌⁈なるほど。
そういえば出雲は沢山の鉄製の剣が出土してたような、古代に製鉄の技術があったとか。そう言う事なのかな〜。
二日連続ありがとうございます!
配信ありがとうございます♪
石畳何だか落ち着く感じがしますね😛 ほんと知らない土地、知らない事ばかりでとてもありがたいです!
2日連続ありがとうございます😊
古き良き海沿いの素朴な町並み素敵です✨今は亡き丹後の祖父を思い出しました。日本海沿岸には韓中露との関連がたくさんあるんだろうなぁ🤔
三上編集長のお話で
えぇ?そうだったの?知らなかったってなることが多いです。
どじょうすくいがお魚じゃなくて土壌だったのビックリです。
どじょうすくい饅頭かわいい
渡来系…なるほど…三上さんのお話聞けるのが有難い😊
しゃく だに いしですね😉
須須(すず)…鈴…錫…なるほど納得
🥚=♾️=🍶
どぜうすくい、懐かしい響きだ!しかし、この二人がどこかの街で歩いてたら、普通に注目を集めるだろうなぁ!
地元文化へのリスペクトがあって好感がもてます😊
素敵な街並みですね😊
智子さんが配信してくれなかったら一生知らなかったと思います。
後世に残して欲しいです
青石畳通り、素敵ですね。
最近こういう通りに惹かれます
ありがとうございます。徳島か千葉へロケをされる際はぜひオカルト作家の巨匠山口敏太郎先生をお呼びください。
私はインドネシア人ですが、現在日本にいます。『東京ラブストーリー』のリカのファンです。リカを演じた女優さんがまだお元気でいらっしゃると知って、とても驚きました。これからもお元気でいらっしゃることを願っています。
縄文~古墳時代の任那は倭人も住んでいた様なので、「渡来系」と言いますか、日本と朝鮮半島の同祖人でしょう。
「須須」は「スズ」です。鈴がキーワードなら放牧民ですよね。素直に「錫」なら青銅器文化ですね。
また、「す=しゅ」でもあり、こちらは海流や季節風を表している様です。
山陰は「五十」と名の付く民との縁も深そうで面白いですね。
美保津媛命
=ヌナカワ媛命
(コトシロ主(少な彦)の富(トビ)八重波津身命の別后。
古志の国から嫁がれて富王家の美保屋敷に住まわれた。
(ヌナカワは瓊の川=糸魚川?))
出雲王国は
古志の国が参画してヌナカワ媛命が后と成った事で、
特産品の瓊(宝玉類)の最上級品であった翡翠(勾玉等に加工)の入手が容易と成った。
ヌナカワ媛が輿入れして美保屋敷に住まわれた事で
古志の国人が数多美保に移り住んでいた。
因みに、紀元前3世紀末頃で
この時代、海面が現在よりかなり高かった事から
今の島根半島は
完全に独立した沖合いに浮かぶ東西に長い大きな島だった。
米子~の
夜見ケ浜半島?も沖合いに浮かぶ長細い砂州だった。
黄泉が浜(葬送の地)
お二方の間には
建御名方富命と
美保須須美命が生まれた。
古語で須須は、
スズ(濁点が付かない)=銅鐸の事。
かと。
出雲大事件(クーデター)
を引き起こした
先般より二千人の少年少女達(海童)を率いて秦帝国から渡来していた
彦ホアカリ(徐福)らにより
出雲王国の主王(大穴持(オホナモチ))の
神門の八千矛命と
同副王(少な彦。コトシロ主が役職名)の
富(トビ)の八重波津身命がほぼ同時期に
暗殺された。
この際、
八重波津身命は松江の富家王宮(今の神魂神社)から御座船で
美保の屋敷に滞在して束の間の休暇、バカンスを楽しまれて居た。
そこに賊の首領格の一人、
武ヒナドリ(出雲国造家(出雲大社宮司)の祖の一人)が早船で飛び込んできて
少な彦さま。
大変です。
神門の薗の長浜で大穴持さまが失踪してしまいました云々。
副王(少な彦)の役目として軍事警察権を統帥する事はもとより、それ以前に帝が失踪とは王国の大事。
とるものもとりあえず、
武ヒナドリが仕立てた御座船に疑義を持たずに乗船したのがうんの尽きだった。
御座船が
粟島の辺りまで来た時、いきなり渡来人達の船に取り囲まれてしまい、
命は拉致拘束されて
狭小な粟島の洞窟、静の岩屋に幽閉されて落命した(餓死だった)。
その悲報をいち早く知った美保須須美命は
亡き父君をの御霊を誰よりもどこよりもいち早く慰霊、祭祀した。
この故事から
後世、富家が建立した美保神社が事代主命の総本社を僭称しています。
美保神社に御参拝の折には
米子市彦名の粟島の粟島神社(コトシロ主命落命の地)
王宮だった神魂神社。
富王家の陵墓山の天宮(天狗)山を神隠山(御神体山)とする
熊野大社
(出雲王国滅亡の際に富王家が隠居した所。
継体天皇の生誕地。皇室の故郷)
の四社を巡拝をお勧めします。
天狗山には今も八重波津身命(事代主命)が眠っています。
また、目の前の作り物に気を取られ勝ちですが、
大山(大神山)が何よりも最重要。
我が国の本当の最高神、クナト大神の御神体山。
神社は形代を祀るのみで御本体はコチラ等のお山ですから。
出雲の古式神拝礼作法は、
二拝。
三拍手。
有言祈願。
四拍手。
一拝。
元出雲王家、富家伝。
です。
とても詳しく説明してくださってありがとうございます😊でもなるべく山口智子さんが映る映像をして欲しいです。山口智子さんのチャンネルですよね?なぜ一緒に映る時間が短いのか?私は山口智子さんが一緒の方がいいと思います👍お願いします(^_-)
山口智子さんが見たいのですから❤映像を増やしてください😊
どじょうすくいって、そうやったんですね。